ほっと一息、時々波乱
思ったり感じたことを無差別に綴ったり。


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弥刀

Author:弥刀
●大学生で就活生。専攻科目は哲学・倫理学。
●趣味はインドアなこと。
●日常のことから真面目なことまで。
●思想は右翼、保守寄り。偏らないように気をつけています。



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2012.07.28  過去話 <<01:23


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2012.07.25  お話 <<02:53


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2012.05.04  今時の若者?  <<00:02


この前ゼミ飲み会で韓国人留学生の子と話をしたんですが
哲学ゼミということもあり、倫理的な話で盛り上がりました。
その中で、韓国人の学生と日本人の学生の違いについて尋ねると

「韓国の若者は、日本の若者に比べて国のことについてもっと考えてる。」

て言われて、やっぱりな~、と思いました。

別の子が、領土問題についての若者の意識もやっぱり高いのかと聞いたら、高い、と。

そもそも、領土問題というか、国家観というものがないのが日本人。
共同体意識が希薄化し、個人主義、利己主義が横行しているのが現代。
功利主義、資本主義原理が絶対で、思想、哲学が「意味のないもの」として認識されている。

東日本大震災で、日本人の徳の高さに多くの外国人が驚いたらしいけど
あれは、助け合いの精神と言うよりも、
暴動に発展させるよりも、周りに合わせて行動した方が自身の利益になると分かってたからにすぎない。
まぁ、そのことを多くの人間が理解していることそのものが徳だと、母は言っていましたが…

就活中に思ったことがありまして。
説明会や選考を、キャンセルせずに行かない、ぶっちする学生が割といるらしいんです。
そもそも、ぶっちすることが相手に失礼、という認識がないのが問題だとは思いますが、
それ以上に私が問題だと感じるのは、彼らが、ぶっちすることは自身の利益になると思っていることです。

これはとても功利主義的な、物質主義的な発想だと思います。
功利主義的にみればなるほど、どうでもよくなった企業の説明会なんて、わざわざキャンセルの電話をいれなくても行かなければいいじゃないか、どうせ受けないんだから。その方がよっぽど合理的だ。
本来、相手方は自分の分の発行物なども作って下さっていて、選考会になれば、自分の時間を作って下さっている。何の連絡もせずに行かないことは、とても失礼な行為、と思うものです。
しかしながら、功利主義的に見れば、そのような相手方の思いは、どうでもいいもの、なんです。功利主義において人の感情などは無意味ですから。だからこそ、彼らはそんな行動を平然ととれる。

しかし私は、彼らの功利主義的な行動そのものより、その考え方が何より問題だと思うんです。
ぶっちすることが自身の利益となると彼らは考えていますが、私は

ぶっちすることは全くもって自身の利益になりえないと考えます。

それは、相手に失礼、という感情も勿論ありますが、それ以上に
その行為をすることにより、自身の人間としての価値が落ちると思うからです。
そのような行為は、恥ずかしくてできない。相手に失礼という問題以前に、自身の自尊心を著しく傷つける。

これもまた、とても功利主義的だと思います。私は私の利にならないからこそぶっちしない。
同じ考え方なのに、彼らと私が真逆の行動をとるのは、価値観が違うからでしょう。
何を利と思い行動するか、何が自分にとって大切か。
この根っこの部分が、随分と物質的になった人が多いものだと、痛感したできごとでした。

No.248 / 日常 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2012.01.08  アメリカと言う国 <<23:57


昨年は独裁者がこの世を去った年でしたが
北朝鮮を除き、多くの国の独裁者の特徴として
トップに立つまではカリスマのある指導者として国民を率いていた。
なぜなら、多くの国では今でも部族間の抗争が激しい。
それを力によってまとめ、抑え込んでいたのが独裁者。
かといって、彼らの非人道的な行いが擁護されるべきではない。
ただ、彼らが倒されることによって引き起こされる争いがあることも忘れてはいけない。

これに関連して思ったのが、アメリカという国のこと。
アメリカは自らの絶対的正義を信じ、超大国としての威厳を豪語する。
絶対的正義なんてものはないし、超大国としての威厳など思い上がりもいいところ、と周りは思うでしょう。
しかし、アメリカという国はそうでなくてはいけない。
事実、アメリカという国が他国、又はそれに準ずる武力をもった集団に制圧されたら間違いなく世界は混乱する。

人は、本当に貧しいと人を侵害する。
古代より、人は豊かさを求めて争った。
その教訓として、今の先進国はそのようなことをしない。
しかし、まだ教育も発達してない貧しい国、かつ、一定の武力をもつ独裁的な国なら
絶対的に止める者がいなければ侵略をするでしょう。
特に内戦が多い国ではなおさら。

国連は幻想に等しい。
かつてルワンダで起きた大量虐殺。そして多くの国で起きた内戦に対し、国連は無力でした。
多様な価値観、宗教の差異、世界には多くの違いがあるために、容易に他の国に対し干渉はできない。

そんな中、アメリカという国は、自らの正義に照らし合わせて行動する。
確かに、彼らは戦争をしなければ経済が潤わないという理由があるでしょう。
しかし、他国から見れば明らかに干渉を超えている行為を、かの国はやってのける。
それも、自らを正義と信じて疑わず。

彼らは正義でなければいけない。でないと、干渉はできない。
彼らは超大国でなければいけない。でないと、秩序は保たれない。
彼らは、この世界の独裁者たりえないといけない。
でないと、かれらが失墜した時、世界は大きく混乱するでしょう。

No.247 / 世論・社会 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2011.12.23  2011年 <<20:51


色んなことがありましたね。
東日本大震災、未曾有の台風被害。
世界ではギリシャの経済危機を発端としたヨーロッパ危機、リビア革命。
つい最近は金正日が死に、朝鮮情勢も変化していく感じで
ほんと、世界が激動した1年でしたね。

日本だけでいうと、大きな災害により多くの人命が失われた年でした。
あの地震があった日、家に帰ってテレビをつけたら親から電話かかって来て
テレビ見ながら親が絶句してたのを覚えてます。
私も見ながら、信じられない光景に放心状態でした。
まだ報道規制とか入ってないリアルアイムの映像には
逃げ遅れた人々を津波が飲み込む映像も沢山あって
逃げて逃げて!と思っても、沢山の命が失われる光景を眺めるしかできなくて
何もできないんだな、て感じました。
原発事故の時も多くの被害が出て
今でもその影響は続いてて。

大きな災害の前には確かに何もできないけど
でも、できないからといって諦めるんじゃなくて。
色んな人、日本だけじゃなくて世界中の人が
祈ったり援助してくれたり、励ましの言葉をくれたりして
ありがとう、と思いました。

あの原発事故の時、多くの作業員が危険を顧みずに作業を行いました。
ネットでは、ありがとう、頑張れ、というエールの他に
原発の作業員だから当たり前だ、という声もありました。
確かに作業員なのだから仕事を全うする、というのも分かります。
けど命が関わってくるとこで、いったいどれだけの人が作業できる?
命が関わる危険なところで、必死に踏ん張っている人に対して
それはないでしょ、て個人的には思いましたね。

多くの命が失われたからこそ
最近は、家族との時間を大切にする人が増えてきているようですね。
ある意味あの災害があったからこそ
人との絆、誰かといることの大切さを改めて感じる人が増えてきたんではないでしょうか。

当たり前のように過ごす日常が、どれだけ特別で、幸せなことか。
改めて感じる1年になった気がします。

来年、どんな年になるか分からないですけど
変わらない日常を感謝できる人間になりたいですね。

No.246 / 日常 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

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